第六回和歌の浦短歌賞受賞作発表

第六回和歌の浦短歌賞自由詠題部門

東直子審査員奨励賞

さみしさの点呼だらうか薄闇にミャオと呼ばれミャアと応ふ

― 松本 実穂(大阪府)

*夜、猫の鳴き声が聞こえたので、猫の鳴き真似をして応えた。薄闇の中にそれぞれの声だけが浮かんで消える場面を想像し、淋しさが呼応する光景が実感と共に伝わる。擬音語の微妙な違いを描き「点呼」という語を選択した点に才気を感じる。

(東直子審査員 選評)

江戸雪審査員奨励賞

母の母の母の母の母たちの眼差し全部あたしを生かす

― 滝沢ゆき子(千葉県)

・母系ということだけではなく全世界へと繋がっている生命を身体のなかにひりひりと感じている凄みのある歌。上の句、天に届きそうな韻律の盛り上がりには目を瞠るものがある。

(江戸雪審査員 選評)

第六回和歌の浦短歌賞(自由詠部門佳作)

鳥のなくひとけなき道春めきてマスクをはずし夕陽にさらす

― 桐山あきこ(東京都)

■マスクを顔から離せない昨今だが、人のいない道でマスクを外して、それを春の夕日にさらすという行為には共感できる。

(藤原龍一郎審査員 選評)

ほとんどを口には入れず剝くだけの八朔の香を母は纏いて

― 月下香(兵庫県)

■母は八朔を剥いてくれるだけで、自分はほとんど食べない。しかし、その甘酸っぱい香りはまぎれもなく母の香りなのだ。

(藤原龍一郎審査員 選評)

約束の海へ行こうよアルコールの霧のむこうで君が笑った

― 夏目陽子(神奈川県)

*コロナ禍で行けなくなった海を、消毒用アルコールの霧のむこうに夢想した。儚さと希望の両面がある。

(東直子審査員 選評)

百年後二百年後に新しく生まれる人も小さなてのひら

― くろだたけし(熊本県)

*不安要素が残るこの地球に、自分たちの死後にも生まれてくる子どもを思った。遠い未来を見据える問いがある。

(東直子審査員 選評)

満開の桜の下で走り出す煙草の香りがした肩車

― 友常甘酢(神奈川県)

・満開の桜の下で走り出す煙草の香りがした肩車花見の思い出。それは、肩車をして走ってくれた人(父だろうか)の煙草の匂いとともに深く刻まれている。

(江戸雪審査員 選評)

うつしよが憂き世だなんて言うきみのソーダにバニラを浮かべてやるよ

― 鈴木 智花(神奈川県)

・達観した物言いをする「きみ」を驚かせてみた。二人のはじけるような笑顔の夏がここにある。

(江戸雪審査員 選評)

いつもなら振り向かないでゆく君が手をちいさめに振る(発車ベル)

― 眞鍋 せいら(東京都)

*それぞれの気持ちがこれまでより高まっていることが伝わるエピソードである。(発車ベル)が、うれしい気持ちを伴奏するよう。

(東直子審査員 選評)

起き掛けに介護の父を座らせる温い便座に少年の笑み

― 山本 明(千葉県)

■父を介護する少年、そのやさしさが便座の暖かさと重なる。介護される父も深く感謝しているだろう。

(藤原龍一郎審査員 選評)

今日もまた成すことのなきつれづれを人恋しくてバス停を掃く

― 遠山 勝雄(宮城県)

・人の行き交う「バス停」を「掃く」という行為に込められた清らかな希望に心うたれた。

(江戸雪審査員 選評)

友に借りた歌集の歌に丸のあり我も丸して二重丸とす

― 貝塚 勇(茨城県)

■友の選歌と自分の選歌が重なった嬉しさ。「二重丸とす」なる結句に大きな喜びがこもっている。

(藤原龍一郎審査員 選評)