第六回和歌の浦短歌賞受賞作発表

 大変長らくお待たせいたしました。第六回和歌の浦短歌賞受賞作を発表させていただきます。今回はコロナの影響、事務局の不手際等により、発表が大幅に遅れてしまいましたことをお詫びいたします。受賞された方には事務局より手続き書類を送付させていただきます。その書類を返送いただいて受賞手続き完了となります。どうぞよろしくお願いいたします。

総評

 第六回和歌の浦短歌賞にたくさんのご応募をいただきありがとうございました。

新型コロナの影響を受け受賞作品発表が遅れましたことをお詫び申し上げます。

さて今回は「和歌の浦詠」から大賞が選定されました。

さまざまな規制の中に暮らす日常から生まれた短歌には、家族との時間を見つめる視線や一人の時間の束の間の解放感があらわれたもの、遠い日に思いをはせる歌などが詠まれており、多くの方が共感なさるのではないかと思います。

これからもいろいろな想いを短歌に込めて、第七回和歌の浦短歌賞にご応募をいただきますよう心よりお願い申し上げます。

一般社団法人紀州文芸家振興協会 理事長 松原 文

第六回和歌の浦大賞(和歌の浦詠題・自由詠題共通)

「あまい水湧いてるのえ」と母の声して紀三井寺、雲へ石段

― 小林 美代子(東京都)

■母の紀州弁が効果を上げている。結句の「雲へ階段」が歌のスケールを大きくしている。

(藤原龍一郎審査員 選評)

*方言のあるやわからなセリフにまず心を摑まれる。この場所に行く度に、この母のセリフが母の声で胸の奥から蘇るのだ。「あまい水」はこの世のよいものを象徴しているようで、石段が黄泉の国へも続いているように思えてくる。切なく、美しい歌。

(東直子審査員 選評)


第六回和歌の浦短歌賞(和歌の浦詠題部門)

藤原龍一郎審査員奨励賞

駆け落ちののち辿り着く不老橋 夕日照るさまを曾祖父母は見つ

― 鹿谷亜希子(奈良県)

■歌の中に表現されている時間が広大である。何よりそこを評価したい。

曾祖父母の若い頃の駆け落ちといえば百年くらい昔の出来事だろうか。

家族の間にだけ伝わっている物語の浪漫。不老橋なる橋の名前も劇的。

夕陽を見る若き曾祖父母の姿が見えてくる。

(藤原龍一郎審査員 選評)


第六回和歌の浦短歌賞(和歌の浦部門佳作)

波音をくぐりぬければ和歌浦にふたりがふたりだった春の日

― 袴田 朱夏(京都府)

*「ふたりがふたりだった」とは、恋人だった頃ということだろう。波音がその感覚を生々しく思い出させるのだ。

(東直子審査員 選評)


浜木綿の咲く片男波の白砂がきみの寂しさ吸い取ればいい

― 雨虎俊寛(大阪府)

・可憐に咲く浜木綿と、「きみ」への思慮が白砂に溶け込んでゆくような透明感のある歌だ。

(江戸雪審査員 選評)


あさもよし紀伊の言の葉ひき寄せる書架にほのぼの「和歌の浦」あり

― 雅雅(和歌山県)

・本棚にあったのは「万葉集」だろうか。それとも写真。「ほのぼの」に和歌の浦への愛情を感じた。

(江戸雪審査員 選評)


和歌の浦を冴えてわたれる冬月を思ひ描きてわれ老いにけり

― 遠藤 和暢(宮城県)

・海面を照らす冬の月を想像しながらも訪れることのないまま老いてしまった。美しい物語のようだ。

(江戸雪審査員 選評)


海沿いのテトラポットを跳ね歩くあの日の私 凪いでゆく海

― 武藤小夜(大阪府)

■凪の海とテトラポッドという配合が絵画的で美しい。軽やかに跳ね歩く人の姿も見える。

(藤原龍一郎審査員 選評)


敷島の神様たちの夜会かも海面に銀のさざ波見ゆる

― 添島 貴美代(愛知県)

*夜の海面に「銀」を見出したことで、上の句のファンタジックで神々しい雰囲気をリアルに共有できる。

(東直子審査員 選評)


下弦の月ふねに見立てて旅をせむ和歌の浦まで行きたきものを

― 魚住 めぐむ(東京都)

*自由な旅が制限されるコロナ禍に、心の旅の手段として下弦の月のふねを想起した。ロマンティックで素敵な夢想。

(東直子審査員 選評)


しほまねき大き片手を振りかざしさやかなる月の光を招く

― 木立 徹(青森県)

■シオマネキの独特の大きなハサミが、月の光を招いているという発想が美しく好感がもてる。

(藤原龍一郎審査員 選評)


とこしえに人を誘う(いざなう) その青は和歌の浦の青この地球(ほし)の青

― 原 理恵子(大阪府)

・三度も登場する「青」は、語られるごとに深みを増すような印象。大きな空間把握が魅力的。

(江戸雪審査員 選評)


暮れなずむ空も春めく和歌の浦磯鵯(イソヒヨドリ)よ帰らないのか

― 船岡 房公(滋賀県)

・夕暮、いつまでも磯で囀っている磯鵯。ねぐらに帰らないのかと呼びかけているおおらかな心持ちがいい。

(江戸雪審査員 選評)